大切な家族である2頭の愛犬ぽちくん&ちぃこ。 ぽちくん亡きあとひとりっ子になったちぃこのわがままいっぱいな日々をつづる、 「老犬介護な日々」番外編(2008年6月2日夜、ちぃこはぽちくんの住む国へ旅立ちました)。
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決断
2012年12月14日 (金) | 編集 |
12月14日

今週の月曜日(10日)、父が熱発し、肺炎と診断されました。
翌日の火曜日、急遽お休みをいただいて病院に行ってきましたが、父は急激にレベルが落ちてしまっていました。
そして今日、もともと公休日だったこともあり、また病院に行ってきたのですが、父の状態はさらに悪化していました。
これまではミキサー食(流動食)ではあっても口から食べていた父ですが、嚥下機能がかなり低下していて、飲み込むことが困難な状態です。食べ物だけではなく、お薬も経口投与は難しいとの病院のST(言語聴覚士)の先生の判断で、栄養・投薬ともに口からの摂取はストップすることになりました。

認知症も進み、父の意思確認も難しい状況ですが、今回の入院当初、まだ意識が今よりははっきりしていたころ、父が経管栄養を拒否したことは、前回、前々回の記事に書いたとおりです。
「そんなことをしてまで、生きながらえるつもりはない!」
今日、かあちゃんは、父のその思いを尊重して、主治医の先生に、経鼻での栄養摂取・投薬はしないことを改めてお伝えしました。
何しろ、かあちゃんの見た限りでは「経鼻にすると、もれなく身体拘束もついてくる」病院です。父の意思を尊重するだけではなく、家族として、今さらそんな状態に父を置くことはできません。

ただ、結核のお薬は、「公衆衛生」の面からも投与しなければならないそうなのです。
もしかしたら、もう時間の問題かもしれない人間に、「公衆衛生」の点から薬剤投与しなければならないのか。。。かあちゃんはそう聞いたのですが、主治医の答えは「そうです」でした。
「死ぬまで投与しなければならないのですね?」との問いかけにも、答えは「そうです」でした。
結核は感染する病気です、在宅ならお好きなようにしていただいて結構ですが、病院にいる以上、〇〇さん(父のこと)一人の問題ではなく、他の患者さんやスタッフを感染から守らなければならない。。。
主治医はそうおっしゃいました。
それは確かに理にかなっていると思います。が、主治医の言葉に違和感を感じたのも事実です。
とはいえ、経口投与が難しい以上、他の方法を選ばなければなりません。経鼻しかないのか。。。と思っていたのですが、これまでの経口による薬剤以外に、効き目は弱いものの、点滴で投与できるお薬があるとのことで、そちらに変更していただくことにしました。
栄養補給も点滴のみに頼らざるをえません。
いつまで父の体力がもつのか。。。

あるいは、お迎えの日は近いのかもしれません。
ですが、父が嫌がること、苦痛に思うことをしたくはありません。
父の意思を尊重し、できる限り苦痛を軽減しつつ、でも「もうだめ」と絶望するのではなく、最後まで回復への希望を持ちつつ、今後の父の状態を見守っていきたいと思います。

重い決断でした。
姉も母もいない、ただ一人で主治医と面談しての決断でしたが、母も姉も「それでよかった」と言ってくれました。
父の意思、そして家族の思いは一つでした。
12月14日。
今日は赤穂浪士の討ち入りの日です。
かあちゃんもまさに「いざ、討ち入り!」という思いで決断したのかもしれません。

まとまらない文章になってしまいました。。。

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この世の地獄
2012年12月08日 (土) | 編集 |
12月8日

父の入院から1か月以上がたちました。
新しい担当医から「禁食」の指示が出ていた父が経鼻栄養を拒否したことは、前回の記事に書きました。
禁食の間、「少しでもいいから、何か食べたい」「いつから食べられるんだ?」と、父はそう言っていました。
「食べること」を、父は楽しみにしていたのです。

そして今、誤嚥・窒息のリスクは覚悟しつつ、父は口からしっかりと食べています。
食形態はミキサー食。。。一昔前の言葉でいうと「流動食」になるのでしょうか、主食も副食もどろどろのものだけれど、父は「おいしい」と言いながら、むせ込まないようにゆっくりと、一口づつ味わうように、ゆっくりと食べています。

医療技術が進み、人は長生きできるようになりました。
ですが、不自然な延命を行い、身体抑制(拘束)を行ってまで長らえるのが、ほんとに幸せなことなのか。
今回の父の入院で、かあちゃんはそんなことをひしひしと感じているのです。
父が入院している病院は、最新の設備を備えた大きな病院です。
でも、ハード面は立派でも、ソフト面はどうなのか。。。
かあちゃんが父の食事介助のために病院に行ったとき、父が下半身すっぽんぽん状態で、ベッドわきのいすに座っていたことがありました。
排せつに失敗して、着ていたパジャマや下着、シーツを濡らしてしまったために、濡れたものを脱いだはいいけれど、シーツも濡れてしまっているので、ベッドに戻ることもできなかったのではないかと思われます。
その状態がどれくらい続いたのかわからないけれど、家族が看護士さんに声をかけるまで、父は放置されていたのです。
完全看護のはずなのに、そして、父の病室はナースステーションに直結していて、父の一挙手一投足に至るまで見えるはずなのに。。。
家族として、病院の対応に疑問を持たざるを得ませんでした。

これと似たようなことがこの1か月の間に何回かあり、そのたびに父は不穏な状態になってしまいました。
認知症の周辺症状の悪化というのは、まさにこういうことをいうんだろうな。。。かあちゃんは、そう痛感させられていたのです。

また、家族である姉とかあちゃんが拒否したため、父は身体抑制(拘束)を受けることはありませんでしたが、父と同室の患者さん(複数)は手を縛られているようで、「これ、外してください」「先生、ちょっと来てください」「看護婦さん、お願いします」「痛いんです、外してください」etc. そんな叫び声が、ずっと、ずっと、ず~っと響き渡っているのです。

病院は、病気を治すためのところだと思います。
でも、たとえ病気(からだ)が治ったとしても、あんな状態に置かれてしまっては、心が壊れてしまうのではないか。。。
医学が飛躍的に発達し、寿命が延びたことが、人間にとってほんとに幸せなことなんだろうか。
人として、あんな扱いを受けてまで生きることを望むのだろうか。

今回の父の入院で、そんなことを痛感しているかあちゃんなのです。
医療関係者には申し訳ないけれど、かあちゃんはあの状態を「この世の地獄」だと感じています。

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